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目次

 

Don Wagyu & Blackberry そして Brexit

よくAmericaの友人から日本に行ったら"Wagyu"のうまい店に行きたいと聞かれる。 "Wagyu"は 英語だと思っているAmerica人が多い。


 

 Manhattan のWall Streetの店 "Don Wagyu"のBusiness Model はすごい。

sandwitch の一番安いのが$30だから、石角完爾がよく行くSubway の一番安いsandwich $5のsandwich だが、その6倍の値段。

ただご覧の通り、Juicy でSoft な、そしてThick な和牛肉のSandwich である(写真参照)。無論、ユダヤ人である石角完爾は行ったが食べていない。一緒に来た友人が注文した。

 



 しかもTake out only、1日200 take out を昼の時間だけでこなすから、仮に$30のTake out が最低単価だとして、$30×200、つまり$6,000が1日の売上になる。店はものすごく狭くてWaiter も何も居ない。従って人件費は一人のCook の分だけ。


昼間の2時間が商売の時。2pmには閑散とする。

 

1ヶ月20日の営業だとすると、$6,000×20=$120,000。 

年間売り上げが、従って12×120,000=$1,440,000となる。

 

家賃はうんと狭い店舗だから、そんなに高くないだろう。Lease 料は1ヶ月$3,000とみた。それに材料代やらCook 代やらで、しめて$20,000/mが経費とみられるから年間経費は $20k x 12=$240,000、年間純利益Profit は$1,200kとなる。最高級の和牛肉の供給は限られているから、Chain 展開は難しいかも知れないが、開店1年目から大幅な黒字のBusiness Model だ。

 

 これに対してManhattan に同じく進出した「いきなり!ステーキ」は苦労している。Broadway の80丁目付近の「いきなり!ステーキ」に行ってみたが(ユダヤ人石角完爾は行ったが食べていない。)、Steak の立ち食いという概念がどうもAmerica 人には馴染みがなく、昼間は閉店/縮小を余儀なくされているようだ。America人にとって、steakは絶対にみんなとtableを囲んで食べるもので、日本人にとっての鍋料理のようなもので立ち食いはあり得ない。

 

日本の食産業のAmerica / Europe 進出はよほど慎重なPlanning をしないと難しい。 それにしてもEurope に進出したitsuは確実に定着している。日本の寿司と似ても似つかないものが供されているが、


  Europe 人の間では評判の大Boom である。これも現地の食文化(持ち帰り文化)を研究し尽くした進出であった。持ち帰りでないと消費税が掛かり、20%も高くなるという税文化。

 

同じことがCasio や東芝が20年前に日本marketに 導入した超小型携帯PC 端末(写真参照)に言える。今のiPhone とほとんど変わらない機能を有していながら、何故にGlobal Standard にならずに消滅したのか。

それはGlobal Standard にするという目的がなかったから、慎重なPlanning が為されていなかったということに尽きる。慎重なplanningとは、両手type機能を付けることだ。alphabetの両手type機能を付けることはglobal standard 。小型携帯端末は両手type 機能がないとGalapagos なのだ。


 

両手type機能がついたBlackberry初代はberryの形をしており、衝撃のdesignと共に一気に global standardになった。


そしてBlackBerryに対抗して、America市場で圧倒的な人気を誇ったのがこのPalmである。


Palmというのは元々はschedulerを作っていた会社だが、両手、手打ちkeyboardを引っ提げ、なおかつcontacts, scheduler、無論、電話機能を付けPCとのsynchronizeも可能にした今のiPhoneの原型と言っても良い。

 

このBlackBerryとPalmの延長線上にiPhoneが表れてきた。Keyboardがない、このshockは大きかった。どうやってtypeするんだ、と消費者の興味津津を煽りたてたそのmarket戦略は奇想天外、前代未聞であった。

 

しかし、iPhoneのtouch pannel方式は実はこの写真で示した東芝やCASIOがすでに実現していたものである。

 

ただglobal standardにならなかったのは両手type打ちではなく、爪楊枝のようなstylusで、画面に現れるABCを一つ一つ突き刺すという極めて非能率的な日本以外の社会では全く受け入れられないやり方だった。

 

 同じことはこの食産業にも言える。「いきなり!ステーキ」の失敗傾向と「Don Wagyu 」の成功傾向はその辺の違いであろう。sandwichでsteakを食べるのは、持ち帰りという global standardだが、立ち食いでsteakを食べるのは日本だけのGalapagos  standardなのだ。

 

ある商品やあるsystemが、global standardになるにはよほどの綿密な計画と思考が必要である。 

 

例えば、肌の色が褐色であるほど美人だと思われている国におしろい粉を売ることが出来ないのが一番単純なmodelであるが、要はその商品、system、ideaを売ろうとする先の人々のperceptionがどのようなものであるのか、ということの徹底した調査、学術的な調査、しかも広範囲にわたった綿密な疫学的調査が必要なのである。

  

これをanthropological market research という。

文化人類学的な調査が欠けていたのでは一つのものがglobal standardになるのは難しい。

 

従って、東芝やCASIOが20年前に出した携帯PC小型端末がglobal standardにならなかったのは両手type 機能を付けなかったからであると言ったが、両手typingの必要性こそがglobalのneedsであり、PCの小型化したものは実は、ある特定の国の一部の人々の間でしかneedsがないということをanthropologicalな調査で行わず、単に技術者のmindで製品開発をしてしまったからであろう。

 

同様に、日本で立ち食いsteakが売れているからAmericaでもそうだ、と思い込むのも同じく、技術者魂の導く誤りの一例であろう。製品開発には技術が必要であるが、販売にはむしろ人々の受け取り方anthoropologicalの調査が先決なのである。

 

こういうglobalな自分達とは違う人々の受け取り方の調査をすること、antholopologyに長けているのが昔、大英帝国といって世界のあちこちを統治支配管理してきたイギリスに一日の長があり、antholopologyを学問的に体系化し、marketing methodに発展させたAmericaに大きなadvantageがある。

 

そしてAmericaのもう一つのadvantageは、Americaという一つの国に, 誰がなんと言おうと政府の法律は絶対に受入れない、という反政府集団がいくつも存在することである。

 

例えば、何があっても、はしかにかかっても命を落としても良いから予防接種は絶対受けないというユダヤ教のUltra-Orthodoxのminority集団がNew YorkのBrooklynには存在し、そこでは、はしかがまん延しているが、政府は罰則を適用しても、はしかの予防接種を受けさせることが出来ない。

 

同様にPennsylvaniaのAmishというCristian一派の教団も何が何でもはしかの予防接種やその他の予防接種はしないというminority集団である。

 

そこでAmerica当局は、こういう極端に異端の集団にも政府の法律が受けいれられるにはどうすれば良いか、というantholopology 政策研究がCDCなどで 発達している。

 

日本にはこういう宗教的反政府集団はお目にかかれないし、存在もしないので、ついつい自分のやっていることが多くの人に受け入れられるglobal standardだと思ってしまう。

もう一つ言うと、 America ではLGBTQというgender minorityがTrump政権に対して強烈な反政府自己主張、反政府権利主張をしている。 が、日本ではgender minorityの強烈な自己主張/権利主張はほとんど見られない。そういう社会では唯我独尊になってしまい、自分とは違う人々にglobalに受け入れられる製品やsystemや考え方あるいは学問が育ちにくいのではないか。

 

イギリスはBrexit を巡って国の意見がまとまらず議会も決議が出来ずに右往左往している。それを見て日本人は「大英帝国イギリスもいよいよ末期だな。国の方針も決められないようで、なんとまとまりのない国になってしまったんだ。」と思っているかも知れない。

 

しかし石角完爾は全く逆の見方をしている。

元々議論がどこにも為されずに東京の永田町にいる誰かと誰かが勝手に国の在り方や方針、予算の使い方を決めてしまうような日本の方が、むしろ私から見て「あーあ、何も決められない日本か。ここまで落ちぶれたのか。」と思ってしまう。

 

どういうことかと言うと、国民が議論をしないで国民の意見が反映されないで国民の意見の表明がなくて物事が決まっていく日本と、今のイギリスのように国民が意見を言い過ぎて、議論があり過ぎて何事も決まっていかないイギリスとどっちが国としてのEnergy に満ちているかと言うと、私はイギリスの方だと思う。

  • 2019.05.16 Thursday
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  • 00:51
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